友人から「壊れて鳴らない真空管アンプがあるが、修理の当てもない、もし直して使ってくれるなら進呈する。良いアンプだよ」という話が持ち込まれました。
私が真空管のアンプを作ったのは中学生の時です。6F6というGT管を終段に使ったプリメインアンプでした。そのあとは6BM8のプッシュプルアンプも作りました。それから40年、トランジスターやIC回路に転向したとはいえ、いまでも真空管アンプの回路は空でも書けるくらいの記憶はあります。せっかくのチャンスなのでやってみようという気になってそのアンプをもらい受けることにしました。
しばらく経ったある日、友人がそのアンプを車で運んできてくれました。 黒い四角いパンチングメタルのカバーをかぶったアンプを持ち上げようとして、初めてそのとてつもない重さに気が付きました。
台車に載せて家に運び込み、じっくりと観察します。銘板にはマイケルソン&オースチン、型番が「TVA-1」と読めます。
早速インターネットで調べてみると、1979年に発売され、当時の価格は59万円もしたようです。ステレオのパワーアンプで出力管はMachintosh MC-275で有名なKT88のプッシュプルで出力が70+70Wもあります。重量が32kgというのも道理、巨大なトランスがステンレスのシャシーに載せられています。これはえらいものをもらってしまいました。
古くて壊れてはいるとはいえ、往年の名機ですからちゃんと直して使ってあげなくてはいけません。
まずは底板を外して中をチェックします。目で見てすぐわかるような焼けた抵抗やパンクしたコンデンサーは見当たりません。ですがレストアの基本として電解コンデンサーは全部交換するのが妥当でしょう。インターネットで検索して回路図を入手し、使用しているコンデンサーのリストを作成して秋葉原に出かけました。
手元の部品箱にあるのはトランジスター回路用の低電圧のものばかりですからね。300V、400Vなどという耐圧のコンデンサーはもう何十年もお目にかかっていません。不思議な懐かしさとともにパーツショップを何軒か回って部品がそろいました。
では修理にかかるとしましょうか。なにしろ30キロもありますので動かすのさえ一苦労です。まずは掃除機で埃を吸い取り、汚れを落としてシャシーをピカピカに磨きます。基板を取り外して、最初は電解コンデンサーの交換です。30年前のアンプなので、使っている電解コンデンサーも今のものより大きいですね。外観はきれいでも年数相応の劣化が考えられますから端から順番に取り替えていきます。
ネットで探して回路図をゲット。なんと言っても修理の基本ですからね。(拡大はここをクリック) |
真空管を外して、まずはお掃除です。 |
バイアス基板からコンデンサーを交換していきます。 |
コンデンサーを交換したら、次に基板のハンダ付けを全部やり直します。これも長年の酸化や腐蝕によって接触不良を起こしている可能性があるからです。
これで基本的なレストア作業は終わりで、これからが修理作業です。次は修理にかかります。全部の真空管を抜いた状態で電源スイッチを入れてみます。別に変な音がしたり焼けた臭いはしませんね。テスターで主なポイントの電圧をチェックしてから、初段から順に真空管を差してみます。フィラメントが点灯し、プレートが真っ赤になっている球はないようです。これもいい兆候です。ここでスピーカーとiPodをつないで音を出してみましょう。まず右チャンネルから・・・出ません。ボリュウムを上げると激しく歪んだ音が出ます。もう片方は・・大丈夫ちゃんと鳴ります。鳴らないチャンネルの出力管のプレート電圧やグリッド電圧を順にチェックした結果、グリッドの470オームの抵抗が断線してグリッド電圧が全然かかっていないことがわかりました。試しに良い方の回路から抵抗を外して付けてみると、ちゃんと音が出ることがわかりました。すなわちこの抵抗を交換すればアンプは復活するようですね、やったやった〜♪
交換した電解コンデンサーと断線した抵抗(手前)。 |
これで名機が復活しそうです。 |
さて、秋葉原に行って470オームの抵抗を買って来ました。アンプをラックから引っ張り出します。やあ〜いつもながらクソ重いこと!特注のトランスを使用しているそうですが、ほとんど鉄の塊ですものね、真空管アンプというものは。
さてこのアンプ、グリッド抵抗を交換してとりあえず音が出るようになったのですが、まだ修理が完了したわけではありません。というのも、ちょっと音を大きくすると歪むようなのです。定格出力の1/10もでていない感じです。
前段のドライバー回路で歪んでいるのか、それとも出力管まわりに問題があるのか・・・昔なら、アンプをチェックしたり調整するための測定器が、オシロスコープ、発振器、ミリバル(交流電圧計)など一式そろっていたので簡単に原因がわかるのですが、なにしろ何十年もアンプなんて作っていませんから、とっくに全部処分してしまっています。何は無くともオシロスコープは絶対必要なので、昔捨てるつもりで某所に寄付したものを借りてきて使わせてもらうことにしました。なにしろこのアンプは固定バイアスですから、個々の出力管(KT88)の特性に合わせてバイアスを調整しなければなりませんがそれもまだやっていません。再びネットで調べて、適性値をゲットしました。ではそのバイアスからチェックしましょう。1本目の球は・・・1.5Vにセットしました、もう片方も・・・あらぁぁ大変、20V以上になっている!球に触ってみると、あきらかに温度が違います。これではプレート電流が流れていませんね。なんと、今まで音が出ていたのは片側だけのシングル動作でした。カソード電圧が高いのにプレート電流が流れないということはカソードが浮いている状態です。
はたして47オームのカソード抵抗が飛んでいました。しかも両チャンネルとも!カソード抵抗は真空管に大電流が流れたときに保護のために飛ぶように設計されています。これはかなり酷使された状態になっていたのでしょうね。これは 47オーム5Wのセメント抵抗ですが、残念ながらセメント抵抗はトランジスター用の0.5オームとか10オームあたりしか手持ちがありません。4本のうち2本が飛んでしまっているので、無事な1本を片方のチャンネルに取り付けてみると、適正なバイアス電圧に調整できるようになりました。発振器の代わりにオーディオテストCDからサイン波を入れ、ダミー抵抗を負荷にして正常に出力が出ることを確認しました。もう片方のチャンネルには、手持ちの抵抗を3つつないで40オームを合成して取り付け、こちらも正常に作動することを確認、これで確実にアンプの修理ができる見込みとなったわけです。この状態で音を出せないわけではないですが、ちゃんと楽しむのは次回正規の抵抗と交換してからですね。
どうも歪みが大きいと思ったら、カソード抵抗(テスターの右の白い角棒)が飛んでいました。 |
さあ、最後の作業です。買ってきたセメント抵抗をアンプに取り付け、電源を入れてしばらく温めてから再度バイアスを調整して出力がちゃんと出ることを確認しました。これで本当に復活です。
せっかくなのでクロームメッキの部分をピカピカに仕上げカバーもきれいに拭いてからラックに納めましょう。
買ってきたセメント抵抗です。左が断線した抵抗。 |
早速取り付けました。 |
いま40W、ちゃんとパワーが出ています。 |
カソード電圧は1.5Vに調整します。 |
さて、せっかく真空管のパワーアンプが手に入ったわけですから、組み合わせるプリアンプも真空管にしたいですね。
さっそくオークションで探して、ラックスの真空管プリアンプLAXMAN A-3032を入手しました。使用する前に中を開けて掃除します。使用している真空管は12AX7や12AU7などの初段管ですがレコードプレーヤーはないので、イコライザー回路を働かせる必要はありません。節電のために球を抜いてしまいましょう。このアンプにはトーンコントロールはなく、セレクターとフラットアンプとして使用するわけです。
音源はCDです。完成した真空管アンプと、トランジスターのAVアンプとでは明らかに音が違うのがわかります。スイッチを切り替えたとたんに空間に広がりが出来て、ボーカルが前に出てくるのです。
こんな素晴らしい音を楽しむことが出来て、このアンプをくれた友人に深く感謝します。
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